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鼠径ヘルニアの治療
鼠径ヘルニアとは(症状・原因・治療など)
別名:そけいヘルニア、鼡径ヘルニア、鼠径部ヘルニア、脱腸
●鼠径ヘルニアとはどんな病気?
鼠径部とは、足の付け根、ももの内側の部分を指します。母胎の中の男児のお腹の中にあった睾丸が、出生前後に陰嚢に下降して出る時に通る道(“径”)で、鼠の移動する道にたとえてそう呼ばれます。女性では子宮を固定する靭帯(子宮円索)が同じ道を通っています。ヘルニアとは臓器などが飛び出した状態を言いますので、鼠径部が膨らんで内臓などが出てきたものが鼠径ヘルニアです。また鼠径ヘルニアと大腿ヘルニア(後述)を総称して鼠径部ヘルニアといいます。
●鼠径ヘルニアの症状は?
鼠径部がポコッと膨れてきて、風呂上がりなどにヘルニアに気付く患者さんが多くみられます。ヘルニアによる膨らみは、押したり仰向けに寝たりした時に引っ込むのが特徴で、痛みを伴うこともあります。
●どうして鼠径ヘルニアになるのでしょうか?
中高年の場合、筋肉の周りの筋膜や腱膜という内臓を押さえている膜が緩んで穴が広がり、そこから内臓がはみ出して起こります。鼠径ヘルニアは、俗に「脱腸」と言われますが、出てくるのは腸とは限らず、大網という脂肪の組織や膀胱、女性では卵巣のこともあります。男性の場合、かつて睾丸の通り道があったので、女性よりなりやすい傾向があります。男女とも60代以降で発症が増えてきます。日本では毎年、約12万~13万人の方が手術を受けておられる頻度の高い病気です。
●筋肉を鍛えると予防できますか?
小児の鼠径ヘルニアは先天的なものですが、成人の鼠径ヘルニアの多くは加齢とともに筋膜・腱膜などの組織が弱くなることが原因で、予防することはできません。筋肉が弱くなったことが原因ではありませんので腹筋を鍛えても治ることはありません。腹圧によりかえって大きくなることがあります。
●鼠径ヘルニアになりやすい人は?
加齢以外の原因として、慢性的に腹圧がかかりやすい状態があります。喘息などで頻繁に咳の出る方や便秘でいきむ方、重いものを持つ職業の方などで鼠径ヘルニアになりやすい傾向があります。特殊な病態として、前立腺全摘手術を受けた方の1~2割で鼠径ヘルニアがみられます。Ehlers–Danlos症候群やMarfan症候群、大動脈瘤など先天的に結合組織の代謝異常がある方も鼠径ヘルニアになりやすいとされます。喫煙者も鼠径ヘルニアのリスクが高いと言われていますので、禁煙は鼠径ヘルニアの予防になる可能性があります。
●鼠径ヘルニアは自然に治る?
初期には直径2~3cmくらいだった膨らみは、年単位で段々と大きくなることが多いです。中にはずっと変化なく大きくならない人もいます。鼠径ヘルニアは自然に治ることはなく、薬で治すこともできないので、治療法は手術しかありません。
●鼠径ヘルニアの検査は?
外科や消化器外科を受診して、膨らみや痛みなどの典型的な所見があれば、特別な検査をしなくても鼠径ヘルニアと診断できます。膨らみの場所が鼠径部から少しずれていたり、押しても戻らない場合には、超音波(エコー)やCTなどの画像検査で確認する方がいいでしょう。
●腸が腐ると聞きましたが
まれに「嵌頓」といって、穴に腸などがはまり込んで、押しても元に戻らなくなることがあります。脂肪組織が嵌まり込んでいて張った感じ程度の症状の軽い嵌頓もありますが、強烈な痛みを伴うこともあります。仰向けになって寝た状態で、お腹の力を抜いて嵌頓したところを押すと元に戻って痛みが取れることもあります。腸がはまり込んで腸閉塞を起こすとお腹が痛くなったり吐いたりしますので、すぐに病院を受診してください。嵌頓した腸の血の流れが悪い状態が数時間続くと腸が壊死したり、腸に穴が開いて腹膜炎になったりすることもあります。滅多に起きることではありませんが、そのようなときには緊急手術が必要となります。
●手術をしなくてはダメですか?
痛みがあったり、膨らみが歩くのに邪魔になるなど、日常生活に支障があれば、手術を受けるメリットがありますので、早めの手術を検討してはいかがでしょうか。膨らみ以外に症状がなければ、緊急性はなく取り敢えず様子を見るという選択肢もあります。外側からヘルニアを押さえ付けるベルトのような器具(脱腸帯)もありますが、それで嵌頓の心配がなくなるということもありませんし、不適切な圧迫により内臓を痛める可能性もあります。ヘルニアベルトが必要な状況であれば、手術を検討した方がいいでしょう。80歳以上の高齢者や合併症のある方は緊急術のリスクが高いので、予定手術で安全な治療することをお勧めします。
●メッシュを使うと聞きましたが
手術でヘルニアの穴を塞ぐことでヘルニアは治ります。1980年代までは糸で穴を縫い閉じる方法が主流でした。1990年代後半になり鼠径ヘルニア用のメッシュが登場し、穴をメッシュで塞ぐ術式により手術の成功率が高くなりました。また2010年代になり腹腔鏡手術で内側からメッシュで穴を塞ぐ手術が広く行われるようになっています。現在はメッシュを使う手術が世界的にも標準的な手術方法となっています。メッシュはポリプロピレンやポリエステルなどの耐久性の高い素材でできていて、これを穴の周りに張り付けて固定します。メッシュを使用することで鼠径部にテンション(突っ張り)をかけることなく弱くなった組織を補強することができます。メッシュは永久に体内に残りますが通常はメッシュが有害なことはありません。まれに慢性的な痛みの原因や、難治性の感染巣となることがあります。メッシュを使用しない手術では自分自身の組織を縫い寄せて穴を塞ぎます。異物反応がないことと感染に強いメリットがありますが、再発が多いことと組織が突っ張ることで違和感や痛みが長く残る可能性があるため、特殊な状況でのみ行われる手術です。
●手術にはどのような方法がありますか?
手術には鼠径部切開法と腹腔鏡手術があります。鼠径部切開法は、膨らんでいる鼠径部を3~4cm切開して、飛び出しているものはお腹の中に戻したうえで、前からメッシュで穴を塞ぎます。Lichtenstein法という方法が世界的にも標準的な方法です。
腹腔鏡手術では、おへそを1.5cm切開して内視鏡を挿入して、お腹の中をテレビモニターに映し出します。さらに5mmの穴を2個開けて、鉗子などの手術器具を挿入してお腹の内側から穴を塞ぎます。腹腔鏡手術にはTAPP法とTEP法という方法があり、それぞれに一長一短があります。単孔式腹腔鏡手術という一つの傷で手術をする方法もあります。
鼠径部切開法と腹腔鏡手術を比べると、腹腔鏡手術の方が、術後の痛みが少なく早期社会復帰(仕事復帰)が可能で、慢性疼痛のリスクが低いとされます。しかしながら腹腔鏡手術の方が手術時間が長く手術コストが高いというデメリットもあります。鼠径部切開法は局所麻酔でできますが、腹腔鏡手術は基本的に全身麻酔となります。胆嚢摘出術や大腸癌の手術では開腹手術に比べて腹腔鏡手術の方が明らかにメリットが大きいですが、鼠径ヘルニアに関しては鼠径部切開法と腹腔鏡手術の差は小さく、両者のメリット、デメリットをよく考える必要があります。また外科医の経験も重要な因子で、担当する医師の慣れた方法で行うのが最良と言えます。
●麻酔が心配です
麻酔方法は全身麻酔と局所麻酔があります。全身麻酔は、麻酔の専門医が安全第一で行います。
局所麻酔で手術をすることもできます。手術直後から歩いたり食べたりできるメリットがあります。全身麻酔に比べると身体への負担が少ないので、心臓や肺の機能が落ちた患者さんでも比較的安全です。手術中はうつらうつらするような薬(セデーション、鎮静薬)を使いますので、多くの患者さんは寝息をたてて寝ていますが、話しかけると目を覚ますような状態です。個人差はありますが、手術中に痛みを感じることがありますので、その都度麻酔薬を追加します。
●日帰り手術はできますか?
どの手術方法でも日帰り手術が可能ですが、日本では術後の疼痛コントロールや合併症の観察のために術後1~2日間入院することが一般的です。退院後も1週間程度は腹圧をかける動作など無理をしない方がよいのですが、日常生活の制限はありません。欧米では日帰り手術が一般的です。また日本でも日帰り手術を積極的に行っている医療施設もあります。
鼠径部ヘルニアの種類と治療方法
●大腿ヘルニア
鼠径ヘルニアよりも下から出てくるヘルニアで、頻度は鼠径ヘルニアより低い病気です。鼠径ヘルニアと違い女性に多くみられます。足に行く血管(大腿動脈・大腿静脈)の脇の穴(大腿管)から内臓が飛び出す病気ですが、大腿管は細いため腸が嵌まり込んで(嵌頓)、腸閉塞により緊急手術となることが比較的に多い病気です。そのため、大腿ヘルニアであることがわかったら、様子を見ないで手術を予定した方がよいでしょう。
手術方法は、基本的には鼠径ヘルニアと同じで、鼠径部切開法と腹腔鏡手術があり、通常はメッシュを使用します。鼠径部切開法では、Lichtenstein法で治療することはできず、ダイレクトクーゲル法、オンステップ法、大腿法などが行われます。腹腔鏡手術ではTAPP法またはTEP法で治療します。予定手術であれば危険性はありませんが、腸閉塞で緊急手術となった場合には合併症のリスクが高まります。また腸の状態によってはメッシュが使用できない場合もあります。
●臍ヘルニア
臍(さい)とはおへそのことです。生まれる前の胎児は臍のへその緒を通して母胎から栄養をもらいます。出生とともに穴は閉じて凹みますが、元々穴が開いていたため弱く、成人になり肥満、妊娠、おなかに水がたまる病気などで腹圧が高い状態が続くと飛び出すことがあります。俗に「でべそ」とも呼ばれます。成人の臍ヘルニアは自然に治癒することはありません。
肥満の方の臍ヘルニアでは、多くの場合、大網という脂肪の組織が出ているため腸閉塞を起こす可能性は低く、緊急性はありません。しかし、多くの場合徐々に大きくなり、痛みや違和感の原因となることもあります。肥満の方以外では小腸が嵌まり込んで(嵌頓)腸閉塞を起こす可能性もあるため手術をしておいた方が安心です。治療法は手術しかありません。
手術は、穴を縫い閉じる方法と、メッシュで塞ぐ方法があります。麻酔は局所麻酔と全身麻酔のどちらでもできます。腹腔鏡手術で治療することもできますが、写真に示したように、おへそに隠れる小さな傷で、局所麻酔で治療ができるので、全身麻酔での腹腔鏡手術が必ずしも低侵襲とは言えません。
●腹壁瘢痕ヘルニア
瘢痕(はんこん)とは傷あとのことで、手術やケガの治療でお腹(腹壁)を縫い閉じた後に、皮膚の下にある筋膜という丈夫な組織が裂けて内臓が飛び出てきて皮膚が膨らむ病気です。筋膜は筋肉を包む硬い組織で内臓が飛び出ないように押さえる役割りがあります。家畜の筋肉は柔らかく食肉として食べることができますが筋膜は食べられません。つまり、腹壁瘢痕ヘルニアの患者さんは腹筋を鍛えてもヘルニアが治ることはありません。
お腹の手術が終わると、腹壁の筋膜を糸と針で縫い閉じることで内臓が飛び出ないようにします。しかし開腹手術の10%~20%の頻度で腹壁瘢痕ヘルニアが発生します。腹壁瘢痕ヘルニアになりやすい状況はいくつかあります。まず第一に創感染があります。術後に傷が感染(傷口から膿が出るような状況)すると、腹壁瘢痕ヘルニアになりやすいことが知られています。また患者さんに腎機能障害、糖尿病、慢性肺疾患、肥満があると腹壁瘢痕ヘルニアの危険性が高いとされます。喫煙も危険因子の1つですが禁煙によりリスクが下がるとされます。ステロイドや免疫抑制剤、抗癌剤の使用も腹壁瘢痕ヘルニアの危険因子です。
腹壁瘢痕ヘルニア自体は致命的な病気ではなく、緊急性はありません。穴が小さいと嵌頓するリスクがありますが、多くの場合は嵌頓の可能性は低いと考えられます。痛みや飛び出ることの違和感、不快感は手術により改善することが期待できます。飛び出るために運動に支障があったり、見た目の問題で温泉に行けないなどの理由で手術をされる患者さんもいます。
治療法は手術しかありません。基本的に裂けた筋膜を再度縫い閉じることで治ります。鼠径ヘルニア同様、腹部を切開する方法と腹腔鏡手術があり、それぞれ一長一短があります。またメッシュを使用する方法と使用しない方法があります。筋膜が大きく開いている場合には筋膜を縦に切開して筋膜を横に引き延ばす方法(コンポーネント・セパレーション)という方法もあります。ヘルニアの場所や大きさにより、適した手術方法が違ってきますので、執刀医とよく相談する必要があります。鼠径ヘルニアに比べると、再発率が高いと言えます。
●外鼠径ヘルニア(間接型)と内鼠径ヘルニア(直接型)
鼠径ヘルニアは、外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアに分類されます。外鼠径ヘルニアは内鼠径輪から精索を通って外鼠径輪まで出てくるのに対して、内鼠径ヘルニアは鼠径管後壁から直接外鼠径輪に出てくるため直接型と呼ばれます。患者さんにとってはどちらであっても問題はありませんが、手術をする上では治療法が若干異なります。手術中に診断することができ、それで対応可能ですが、CT検査などをすることで術前に区別をすることができます。体表の見た目だけでは正確に区別することはできません。大腿ヘルニアは鼠径靱帯の下が膨らむので体表から区別することが容易です。
出典:和田則仁(2017)ヘルニア.北島 政樹・江川 幸二編 臨床外科看護各論 第9版、医学書院、
pp307 図3-95 鼠径部ヘルニアの体表から見た模式図(右鼠径部)
出典:和田則仁(2017)ヘルニア.北島 政樹・江川 幸二編 臨床外科看護各論 第9版、医学書院、
pp308 図3-97 鼠径部ヘルニアの体表所見
検査方法
CT検査
CT検査は、身体の断面を映し出す検査です。通常は仰向けで寝た状態で撮影しますが、ヘルニアの場合は仰向けだと膨らみが引っ込んでしまい、ヘルニアの状態を調べることができませんので、腹ばい(腹臥位)でヘルニアが膨らんだ状態で撮影します。
手術方法
メッシュを使用しない方法
頻度は低いのですが、20代、30代の若い人でも鼠径ヘルニアになることがあります。高齢者は加齢により組織が弱くなることでヘルニアになるのに対して、若い人の場合は鼠径部の組織は丈夫で、先天的な要因で内鼠径輪が開大してヘルニアになっていることがほとんどです。メッシュで補強する必要性は低く、内鼠径輪を糸で縫い縮めるMarcy法という方法で治ることが期待できます。また高いエビデンスはありませんがメッシュに対する異物反応により精索内の輸精管の機能が障害される懸念があり、男性不妊のリスクを低減するためにもメッシュを使用しないMarcy法をお勧めしています。
Lichtenstein法
鼠径部切開法の世界標準のLichtenstein法では、鼠径部を3~4cm切開して、飛び出しているものはお腹の中に戻したうえで、前からメッシュで穴を塞ぎます。
単孔式TEP法
1つの傷で鼠径ヘルニアを治す単孔式TEP法では、下腹部を2~3cm切開して、この1つの傷から内視鏡と鉗子などの手術器具を挿入してお腹の内側から穴を塞ぎます。
腹壁瘢痕ヘルニアの術前と術後
上腹部の大きな腹壁瘢痕ヘルニア(赤丸)が、手術により平らになっています。
当院の鼠径部ヘルニアの治療法
治療方法は患者さんとよくお話をして、最適な方法を決めています。
手術をするかしないか
ヘルニアの状態によっては、手術をしないで様子を見る(watchful waitingといいます)という選択肢もあります。手術が心配という方はどうぞお知らせください。
鼠径部切開法か腹腔鏡手術か
どちらの手術でも対応可能です。ヘルニアの状態や、患者さんの状態(年齢、過去の腹部手術、飲んでいるお薬など)、患者さんのご希望を考慮して決めています。
TAPP法かTEP法か
腹腔鏡手術ではTAPP法とTEP法がありますが、どちらの手術も対応可能です。ご希望がありましたらお知らせください。
全身麻酔か局所麻酔か
どちらの方法も対応可能です。麻酔も、術式や、患者さんの状態(年齢、現在治療中のご病気など)、患者さんのご希望を考慮して決めています。
メッシュを使用するかどうか
腸が破けているようなときにはメッシュは使用できませんが、それ以外の場合にはメッシュの使用をお勧めしています。逆に若い人にはメッシュを使用しないことを提案しています。メッシュを使用したくないとお考えの方は、どうぞお知らせください。メッシュを使用しない手術も対応可能です。ただし腹腔鏡手術ではメッシュを使用することになります。LPEC法は行っていません。
日帰り手術か、入院か
現在の日本の医療制度では、手術後の痛みや合併症の発生がないかどうか見るために入院することが一般的です。しかし日帰り手術をご希望の方はお知らせください。